いま、ここ、わたしを生きると決めよう。
起きたくもないときに起きるのって、人間だけじゃない?
うちにはかわいいかわいいキンクマハムスターがいるのだが、
彼女は昼間はもちろんずっと寝ています。
夜行性のはずなのに夜も寝ている。
起きるのはご飯を食べるときとおしっこをするときだけ。
だけどご飯は毎日もらえるしめちゃくちゃ愛されている。
対するわたしは毎朝目覚まし時計で6時前には起こされ、
秒単位で決められた電車に乗り、人に決められた期限の仕事を
決められたオフィスで淡々とこなしている。
たまに上司やお客さんに怒られる。
あぁ、ネコになりたい。
なんて一度でも思ったことがある人はサラリーマンの数とイコールなのではないだろうか。いつかだれか研究してほしい。
まじめに言われたとおりに生きてきたのに、なぜ自由じゃないんだろう?
自慢できるくらいには、わたしは小さいころからまじめだった。
いろんなことで成績を残したりもした。
でもなぜ今、こんなに苦しいのだろう。
なぜ自分で起きる時間も決められなくなっちゃったんだろう。
それはね、「まじめだから」苦しいのだよ。
大好きな自己啓発やスピ本を書いている先人たちはみんな言う。
うーん信じがたい。
なかなか行動できないし、相変わらず貯金残高は増えないままである。
そんなこんなでもんもんとしたまま、会社員になって3年が過ぎた。
でも、でも、でも……
わたしは、好きなときに仕事をして、
そして好きなときに起きる生活がしたいんじゃあーーーー!!!
それがまぎれもないやりたいことなのだと自覚。
そして先日、そうなることを自分自身に宣言。
まだ雇われの身であるし、身体は自由ではないけれども、
長年の勉強の成果で、こころの「ありかた」はだいぶ近づいてきたつもり。
数々の先人たちの助言をもとに、一念発起してブログを始めることにした。
まだ思考も経済的にも自由ではない「わたし」の記録たちは、
きっと未来のわたしにとって大きな財産になるだろうと思ったのが大きなきっかけ。
どんな「いま、ここ、わたし」も受け入れる
大木ゆきのさんの「宇宙におまかせ!」には、
「わたしはありのままで完全です」と毎日唱えること!と書かれている。
わたしはこのことが、完全に腑に落ちたわけではないけれど、
不完全な「いま、ここ、わたし」を生きることはわたしにもできると思った。
受け入れられない自分を受け入れて、記録していくことはできると思った。
そして、そう遠くない未来、
これが同じように自分が受け入れられない人たちの目に留まって、
自分をキラキラさせるためのきっかけになったら、
これ以上嬉しいことはない。